HELLO!REDAN!

ハローレダン
『ペブルビーチゴルフリンクス』/USA

奇跡を生んだ必殺チップイン!

text by Nishizawa Tadashi, Photo by Miyamoto Taku

 

アマチュア時代から名を馳せるゴルファーは大学を中退してプロ転向するのが普通だが、トム・ワトソンはスタンフォード大心理学部を卒業している。在学中に目立った成績はないが、大学から距離的に近いぺブルビーチGLにはよく足を運んだものと思われる。当時、「帝王」と呼ばれたJ・ニクラスと何度も死闘を繰り返し、「新帝王」の地位を確立したのが1982年、ペブルビーチGLでの全米オープンだった。

アメリカ西海岸モントレー半島は名コースの聖地だが、中でも1919年設立のパブリックコース、ペブルビーチGLはトマトジュースのメーカー“デルモンテ”が高級ロッジとともに開設した。設計したのは地元のアマチュア二人だが、開場10年後にやはり地元の有名なアマチュア、チャンドラー・イーガン(Chandler Egan 1884〜1936、ハーバード大卒、全米アマ2回優勝)が大幅な改造を施して現在のスタイルになった。今でもウィンターツアーの一つ、ペブルビーチ・ナショナル・プロアマなどで多くのゴルファーが観戦する。

記憶に残るゲームはいろいろあるだろうが、1982年の全米オープンは特筆もの。ニクラス対ワトソンの大詰めの一騎打ちが海沿いのパー3ホール、17番でワトソンの奇跡的なチップ・インの一打による決着があったからである。

有名な海沿いのパー5ホールの手前、海に向かって打つ長い距離のパー3(218ヤード)は横に長い、大きなグリーンが左右二段になってバンカー群に囲まれる難ホール。C・イーガンの改造がユニークなのは、ここを“レダンタイプなグリーン”にして、7番のパー3(120ヤード)では180㎡の小さいグリーンを幅わずか8ヤードという好対照な極小のグリーンにしたことだろう。

さて、帝王と新帝王の一騎打ちである。最終日、一組前を行くニクラスは通算4アンダーでプレーを終え、テレビ中継でワトソンのプレーを観ている。同スコアで迎えた17番、ワトソンの第一打は風を読み違えたか左端に立つ旗を越えて奥のラフ。バミューダ系の難しいラフだが、ワトソンはサンドウェッジで一発必中を狙う。当時のキャディ、B・エドワード(その後、難病のALSで死亡)が「トム! ホールの傍に止めろ!」と言うが、ワトソンは「入れてやる!」と叫んで打つと、見事にチップ・イン! ワトソンは「どうだ、見たか!」とキャディに叫ぶと、天を仰いでグリーン上を走り回った。まさにこれがウィニングランだった。

その後、TVマッチなどでワトソンのぺブルビーチGLでのプレーを何度か観たが、ひとつのマッチで複数回のチップ・インを観た記憶がある。恐らく庭先でも暇を見つけて練習するのかも知れない。庭での練習といえば、コース設計を始める頃、庭でブルドーザーの運転練習をして、樹木を何本も薙ぎ倒したと聞いたことがある。庭での練習が好きなのかもしれない。