Heart Liquor

こころも酔う19番。
スプリングバレーブルワリー

伝統と革新が生み出す、
これからの新しいビール。

text by Miyazawa Hidenobu, photos by Kodama Haruki

酒税法の改正とともに、地ビールブームがわき起こって早20年。磨き上げてきたスキルとノウハウで今も高品質なビールを造り続ける小規模醸造所(マイクロブルワリー)が国内には数多く存在する。

醸造家こと“ブリュワー”たちが丹精込めてつくるそのビールは手工芸品に見立てられ、「クラフトビール」と尊称されるまでに進化を遂げた。そして今年、新しいマイクロブルワリーが誕生。『スプリングバレーブルワリー』。日本のビールの歴史と深く関係する小さな醸造所に、大きな期待が寄せられている。

今春、東京・代官山の東横線上部開発地に、クラフトビールを醸造するマイクロブルワリーが誕生した。その名も『スプリングバレーブルワリー東京』。

と、ここで『スプリングバレーブルワリー』という社名にピンときたら、かなりのビール通だ。『スプリングバレーブルワリー』は、日本で最初に商業的に成功したビール醸造所の名称であり、この地を引き継いだのがキリンビールの前身、「ジャパンブルワリー」だ。そして何を隠そう『スプリングバレーブルワリー東京』は、『スプリングバレーブルワリー横浜』とともに、キリンビールの社内プロジェクトとして立ち上げられた新会社が所有する、小規模醸造設備なのである。

プロジェクト立ち上げメンバーのひとりにして、現在は新会社のマーケティングマネージャーを務める吉野桜子さんによれば、現代は多くの食品カテゴリーで、さまざまな香りや味わい、個性的なおいしさが求められているのだとか。加えて、素材やつくり手、ものづくりへのこだわりなども重視されるようになっており、それはビールとて例外ではないことが、プロジェクトの背景にはあるという。

「でも、これは表向きのコメント(笑)。私たちの本心は、ビールのおいしさと、それに伴う楽しさや豊かさを多くの人と共有したいと願う、ビール好きの単純な想いなんです」

と、正直なのである。

とはいえ、「単純」だからと侮るなかれ。混じりけのない純粋な想いだからこそ、そこに込められた熱量は半端ではない。まず、東京も横浜も醸造所にパブを併設する、近年流行りの“ブルーパブ”の形態をとっているが、なかでも『スプリングバレーブルワリー東京』においては、ビール醸造の様子をなるべく多くの人に見てもらいたいと、ブルワリーはすべてガラス張り。パブでグラスを傾けながら、ブリュワーたちの働く姿を見ることができる。

そして驚かされるのは、ガラス張りなのは空間の間仕切りだけでなく、仕込み釜や発酵貯蔵タンクの一部までもがスケルトンとなっている点。このためブリュワーたちですら、これまで詳細に見ることのできなかった原料が混ざり合う様子や発酵のプロセスまでをも、ブルワリーを訪れた人たちはつぶさに見ることができるのだ。

さらに、ビールや食にまつわるセミナーやワークショップも随時開催、ブルワリーツアーも秋に実施される予定。このように『スプリングバレーブルワリー東京』は、つくり手と飲み手の距離が圧倒的に近いのが魅力なのだが、特筆すべきは、ほかのクラフトブルワリーとの交流も活発で、言わば縦だけでなく、横とのつながりも大事にしている点だ。

現在、日本には約200もの小規模醸造所が存在するとも言われており、そのなかには世界の品評会で数々の受賞歴を誇るクラフトブルワリーも多い。吉野さんたちは、そうした同業者たちを自らのブルワリーに招き、トークイベントなどを開催することで、クラフトビール市場の顕在化と活性化に取り組んでいる。そしてこうした姿勢、行動が業界の推進力となって、日本のクラフトビールを盛り立て、ビール全体の活性化につながっている。

マスターブリュワー・福井森夫さん。福井さんは、一仕込みの超限定醸造ビールといった意欲作を手掛ける。