Club House Watcher.

クラブハウス建築美学。嵐山カントリークラブ
建築家/天野太郎

フランク・ロイド・ライトの思想を継いだ、
世界に誇る近代建築。

text by Fushimi Yui, photos by Kawabe Akinobu, cooperation by Hirai Mitsuru

アメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトは、プレイリースタイル(草原様式)と呼ばれる、大草原と調和する、水平性の際立つ建築を得意とした。彼に学び、その思想を継いだ天野太郎も、嵐山の自然環境に恵まれたコースに調和する、まるでプレイリースタイルのような伸びやかなクラブハウスを造った。

 

 1962年に開場した歴史ある嵐山カントリークラブでは、2015年の今、まさに建築学の最先端の取り組みが、進行中である。長期計画でクラブハウスが改修されているのだが、その改修方法が、言わば日本の近代建築継承の模範例として注目されている。「大袈裟では?」と思うかもしれないが、順番に説明していきたい。

 嵐山カントリークラブのクラブハウスは、初代理事長・天野健雄の親戚であり、巨匠フランク・ロイド・ライトに直接師事した建築家・天野太郎が設計した建築。天野は、ライトのもとから帰国した後、工学院大学、東京藝術大学で教鞭をとりながら建築家としても活動し、ライトの思想を日本に伝えるとともに、実作によってもそれを表現した人物である。

 ライトの建築に、プレイリースタイル(草原様式)というものがある。これは言葉の通り、アメリカの大草原と調和するように、深い庇や低い屋根によって水平性が強調されているのが特徴。しかし、日本にはアメリカのような大草原はそう多くはない。日本のどこに大草原があるのか。ゴルフ場である。天野は、嵐山の前に設計した新花屋敷ゴルフクラブ(1959年/現存せず)において、見事なライト風の建築を実現している。時に海上の船、あるいは湖上のスワンに見立てられる。

 その経験を活かして造られた二棟目のゴルフクラブが、嵐山カントリークラブなのである。竣工当初の姿を見ると嵐山も、水平性が強調されているのが分かる。ただ、新花屋敷と比べると、かなり似た部分もあるが、平面やトップライトなどに曲線を多用しているところが異なる。これは、天野が敬愛していたもうひとりの巨匠、フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトの影響とも言われている。天野が文部省海外研究員として欧州の建築を視察していた頃、嵐山の現場へ、アアルト風のトップライトに変更するように、手紙を出したという。

 世界的な巨匠たちのよいところを吸収し、天野は日本にも近代建築の傑作を生み出した。嵐山カントリークラブは、まさに日本が世界に誇れる近代建築なのである。

 

徐々に改修され、オリジナルの姿に戻りつつある。ダークブラウンに塗装されていた木部は、木の素地の色に復原。階段の床も仕上げのオリジナルは木レンガだった。